負担と負荷


負担と負荷・・・陰山英男氏は、教育における両者の違いを明確に説明している。


・小学三年生の子に、小学一年生の漢字をいくら練習させても学力は伸びませんが、小学三年生に小学三年生の漢字を練習させれば伸びるということが、100%負荷をかけるという意味です。しかし、四年生の漢字まで練習させて、高い負荷をかけてしまうと、ついていけません。

・100%負荷とは、適量という意味です。子どもにとってそれは、力一杯、全力をつくして学習するということです。

・最近流行の子どもの「負担」を軽くしていこうという考え方は結構ですが、適切な「負荷」までゆるめていくという考え方では、子どもの能力は伸びていかないでしょう。

(「『読み・書き・計算』で学力再生」小学館 P.152)

学校現場に身を置く者の一人として、私はこの論に賛成である。

「ゆとり教育」という言葉があるが、「負担」を軽くしていこうということであって、「負荷」を軽くしようということではないはずである。
(まして“「負荷」をなくそう”ということでは決してない)

「負荷」のない学習は有り得ない。
スポーツのトレーニングに例えればすぐわかることである。

「適当な負荷はどんなものか」
「どのように負荷をかけていけばいいのか」
という点が重要なのだと思う。
それには発達段階も個人差もあるだろう。
しかし、そこを見誤ると、ただでさえ「低下している」と言われている学力は、さらに低下する。
間違いなく。

2003.01.02 記