中条町立中条中学校『いきいきスクール事業』講話資料
    1 はじめに
2 「しうつ」という名称[中条町の文化財指定]   『高井道円譲状案』
  (塩津)
3  「コノ処土塩アリ」 [黒川村の文化財指定]   『越後輿地全図』
4  「塩津潟」         [新発田市の文化財指定]  『越後絵図』 ⇒ 江戸幕府の命令
            [新潟県の文化財指定]    『越後絵図』
5 塩津潟の由来
   ◎新潟県史
   ◎各市町村史
   ◎大木金平先生
   ◎池田雨工先生
6 古絵図における塩津潟
   ◎正保 2年「越後絵図」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西暦1645年
   ◎元禄13年「越後國蒲原郡岩船郡絵図」・・・・・・西暦1700年
   ◎宝暦 6年「越後輿地図」・・・・・・・・・・・・・・・・・西暦1756年
7 塩津潟が紫雲寺潟といわれている理由
8 塩津潟が正式名で呼ばれなかった理由
9 黒川村に「塩」が産出した立証
10 新発田藩による塩津潟の干拓
11 奥山荘と塩津潟
12 縄文時代の塩津潟周辺の様子
13 大和朝廷の3つの城柵の創置
14 胎内川・荒川・阿賀野川の内陸水上交通  [塩津潟と福島潟との連携]
15 阿賀北地方の中世の研究の状況 
16 越後の塩の道
17 「塩の道」の伝承
18 専売公社制度による規制緩和 (塩)
19 塩津潟を囲む各市町村の地域おこし
20 おわりに