20030511:モノより思い出
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コンピュータがどこにもたくさん入って来ている。もはや、コンピュータなしでは業務が
できない会社もたくさんあるらしい。
近年は、そのコンピュータ同士を線で繋いだネットワークというものが(若い人流に言う
と)ムチャクチャ流行っている。ネットワークにすると、コミュニケーション量が上がる
のだそうである。ネットワークでコミュニケーションしていると、会ってから間もない
友人でも、旧来からの友のような感覚にとらわれることもあるという。
こんな状況になってくると、中には短絡的な考えをする人がいて、そのうちコンピュータ
だけの世界で物事が足りてしまう。それは、危機的状況だ、などとおっしゃる。
私は、そんなことはないと思う。コンピュータによるコミュニケーションだけでなく、ど
んなモノを使ったとしても、Face to Faceのコミュニケーションをフォローすることはで
きても、それを超えることはできない。
人間は「モノより思い出」なのだ。
20030518:友情
以前、ちょっとしたつながりで、友人の息子(高校生)が勉強するのをみたことがある。
(この場合の「みた」は、一応、教えたということを意味している。)
彼はそれほど不真面目な方でもないが真面目な方でもないようだった。
宿題と称する数学のプリントをノートに回答する間の30分ほどで、私は驚くような光景
に出会った。。彼は、数学の問題を解きながらメールを打っているのだ。その様子はどち
らかというと、数学の問題を解きながらメールを打っているというよりは、メールを打ち
ながら宿題をやっている様子に近かった。
彼はその行為を「友情」と呼んでいた。
「そういうのを友情って言うんだ・・・。」
と尋ねると、
「やっぱりいつでも相手に応えてやらないとね・・・。」
と、彼は言った。
町を歩いていると、携帯電話片手にメールを打っているらしい高校生の姿をよく見かける。
離れた所に居る人といつでもコミュニケーションできることは素晴らしい。シンボリックリ
ンクである。
でも、彼らの友情がそのようなカタチであることを簡単に解ってあげられない私は、やっぱ
りカンカクが違うのだろうか?
もう一度、件の彼と会ったときにゆっくり話してみたいと思う。コミュニケーションこそが、
互いに解り合うための手段だから。
でも、メールでと言われたらどうしよう・・・。
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