○ご無沙汰していました

 ホントにご無沙汰していました。2年ぶりの復活!え?何故ブランクが空いたかって?ん〜ま、理由はズバリ!アルビレックスで忙しかったからです。他にも理由はありますが、それは・・・内緒です。

 小川忠晴選手のバスケ・アルビ加入もあり、バスケの後援会に入会。ついでにサッカーも後援会に入会。「今年はアルビの年」!と決めたのが2003年春でした。それからこちらの更新が途絶えましたので、そういうことにしておいてください。何せそれまでバスケは2年間で4試合、サッカーも4年間で4試合しか見ていなかったのですが、2003年シーズンにはバスケが4試合、サッカーが12試合。まあ週末に試合が多い割にはとても頑張りました。

 まず4月のサッカー、札幌戦で「アルビの年」は始まりました。この年のサッカー観戦時のアルビの成績は6勝4敗2分け。思えば波乱に満ちたサッカー観戦でした
 いきなりホームで連敗(札幌、広島)、そしてアウェイの山形でも敗戦。口の悪い板前さんからは「おめさんが行くすけ、負けるんろがね!」などと責めたてられ、厄を充分に落として臨んだはずの水戸戦でも引き分け。で、『恐怖の禁じ手』を使ってしまったり、まあ色々ありまして・・・。その後の観戦は、わざわざ出かけた9月の広島戦で敗れるまで、引き分けを挟んで5連勝!私のお陰でJ1への昇格が決まりました!イヤ、イヤ冗談!しかもその間に『おやすみアルビくん連盟』などという秘密結社?にまで参加。この方この方この方などと出会い、「ぷちっ」ネタですっかり有名人?になってしまいました。
 そして秋のバスケのプレシーズン・マッチでもこの方この方にも出会い、バスケでも「ぷちっ」ネタを継続。ここでも私が観戦に行った2月の山形での試合では、今まで一度も勝てなかったアイシン相手に激勝!みんなで万歳三唱はするわ、選手や監督が駐車場まで応援のお礼に来てくれるわと、本当に忘れられない試合となったのです。

 観戦初めの頃は「アルビ人気の本質に迫る」などと意気込んでいたのですが、「ミイラ取りがミイラになる」のことわざ通り、そんなことはどうでも良くなり、今ではアルビ・カラーに身を包んだ月岡随一の『アルビおじさん』になってしまいました。うれしいやら、悲しい・・・ことは無いな。ま、でも実際「アルビの年」と言えたのは2003年度のみ。次の年からは週末多忙な身の上ですので、サッカーは3試合のみの観戦になりました。バスケは・・・あれ?5試合観戦(プレシ−ズンマッチ含む)。しかもトライアウトとサマーキャンプも見学。ま〜バスケは今や『変革期』ですからね。目が離せないんですよ。ええ、5月には東京まで日本初のプロ・バスケ・リーグ『bjリーグ』のトライアウトも見に行ってくる予定です。そして昨年は1試合のみの観戦だった女子サッカーの『アルビ・レディース』も今年は1部リーグ昇格に向けて首位快走中!もっと応援に行かねば!・・・え?スノー・スポーツの『チーム・アルビレックス』と陸上の『アルビレックス・ランニング・クラブ』も出来たの?・・・あ〜駄目だ。しばらく『アルビの年』が続いてしまいそう・・・(2005年4月29日記載)

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