○京都駅前のボランティアおじさん
 先日お休みをもらって京都へ帰って参りました。行く前からメールを送りまくり、たくさんの友人と会い、飲み会3回、ライブハウス3ヶ所、美術館・ギャラリー3ヶ所、映画館1ヶ所という忙しいスケジュールをこなして参りました。友人達は相変わらず、と言うより、以前にも増して忙しそうで、震災ボランティアを一緒にやった奴は『ボランティア論』で大学の講義をやったり本を書いたり、反アパルトヘイト運動を一緒にやった奴はアムネスティのグループ代表やってたり、中南米音楽を聴きに行ってた奴はタコス専門店を開店してたり、アフリカン・ダンスのステップを一緒に踏んでた奴は民族雑貨の店を倍に広げて大忙し・・・と、ここ月岡とは時間の流れが違うようで、ちょっとうらやましく、「京都に帰ってきて手伝って〜な」の言葉にいつものことながら心が揺らぐ私でした。それで今回は京都駅前の宿と友人宅に泊まったのですが、その事件は京都駅前から友人宅(銀閣寺の近く)へ行く時に起こったのです。
 私は午後4時発の銀閣寺行き急行バス(100番)に乗るべく、10分ほど前に大きな荷物を持ってバス停に行き、バスを待っておりました。すると何処からともなく現れたおじさん。私を旅行者だと思ったのでしょうか「バスで何処まで?」と聞くので、「銀閣寺道まで」と答えると、「それなら、そっちのバス停で5番か17番が行くよ」と言われたのです。京都市交通局のサイトで時刻表を調べ上げ、時間的にも早く、四条河原町という繁華街を通る5番や17番では、大きな荷物が邪魔になるという判断の元、100番の急行バスに乗ることを判断した私、ちょっとムッとしたのですが、おじさんの期待は裏切ってはいけないと、関西弁を封印し、標準語で「こっちの方が早いですよ」と少し微笑みながら言ってあげたのですが、京都人はめげない。「いや、銀閣寺ならあっちのバス停の・・」とまだ言うので、「時効表とかちゃんと調べてきてますんで、教えていただかなくて結構です!」と語尾を強め、ちょっと睨んでやったのです。しかしちょっとたじろぎながら、おじさん簡単には引き下がらない、「私はボランティアでバス停とか教えている者で・・・」と言い訳。しかし腕章もしていなければバッジもない。どう見ても私的にボランティアと称する単なるお節介なおじさん。しかも『ボランティア』という言葉を付ければ何でも許されるんじゃないかという計算が見え見え。しかし私も『ボランティア』という言葉には弱い。結局「それはご苦労様です」と言ってあげたのに、なおもおじさん「私はバス停をボランティアで・・・」と言い訳をしながら、結局後ずさりするように向こうへ行かれました。
 地方から来た人間を心の中で見下し、妙な優越感を持ち続けている京都人の嫌な面を見た気がしましたが、そういえば26年前に初めて京都へ来た時も『よそ者』として結構陰湿な嫌がらせを受けたよな〜、と変な思い出がポツリ、ポツリ。京都って夏は蒸し暑いし、冬は底冷えがするし、人間は『イケズ』(意地悪)だし、とよく言われますが、それでもやっぱり私は京都の町と人々を心から愛して止みません。次回京都へ帰る時は『京都に21年住んでました』というでっかい看板でもぶら下げて歩こうかなと思っている今日この頃です。(2002年9月27日記載)
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