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○家高毅君を偲ぶ 『家高毅』という関西在住のギタリストがいました。普段はギターの先生として、セッション・ギタリストとして、また作曲家として関西のラジオ番組のテーマ曲を作ったりもしていました。その性格と一緒のやさしいギターの音色が評判の男でした。そして最近は私のお気に入りア−ティスト『松井恵子』と一緒に活動し、『松井恵子とほにゃららず』というグループ名で、関西ではそこそこ知られる存在になってきていました。『ほにゃららず』として2度目の東京遠征を4日後に控えた11月28日夕刻、バイクに乗っていた彼は信号のない三叉路で四輪車と激突、そのまま帰らぬ人となってしまいました。 彼と初めて出会ったのは、もう4〜5年くらい前だったかなと思いますが、吉川裕子(通称ポリン)という高音の綺麗な女性ボーカリストとコンビでやってる時でした。その時は、やさしい旋律を奏でるギタリストではあるがちょっと存在感に乏しいという印象でした。で、その後1997年より、松井恵子の結成したユニット『ほにゃららず』に参加するのですが、その初ライブは・・・もともとピアノだけである程度の完成の域に入っていた松井恵子の楽曲に、練習不足のままパーカッションとギターをそのまま放り込んだのですから、『音の空中分解』と言っても過言ではない状態でした。しかも「どうにかせねば」と自らの技術を駆使してあがけばあがくほど深みにはまるという、まさに『音の蟻地獄状態』。それは私の20年ほどのライブハウス経験の中でも数少ない経験でした。私もアンケートに「もう少しちゃんと練習してから人前に出せ!松井恵子は何処へ行くつもりなんだ?」と書いた覚えがあります。しかし、そんな悪評にも関わらず、『松井恵子とほにゃららず』は自ら決めた道をばく進し、たった1年でキーボード・パーカッション・ギターの織りなす絶妙なサウンドを確立し、どん なお客さんでも自分たちの側に引き込んでしまうパワフルな魅力を身につけてしまったのです。私も98年に彼らの演奏を聴いたときは予想を遙かに上回るその成長ぶりと、力強くしかも繊細な演奏に舌を巻いたのを覚えています。そうなると、ファンはガンガン増えるし、関西のイヴェントには引っ張りだこ、自主制作だけどCDも発売して好評を得るし、乗りに乗っているバンドになっていました。そんな矢先でした。残念と言うより悔しい気持ちでいっぱいです。 来年の春、家高君の追悼ライブをやろうという話が持ち上がってます。万難を排して参加するつもりです。そのギターの音色やその人柄にふれた人間を優しい気持ちにさせずにはいられなかった彼を偲んで、彼の思い出話をたくさんしてこようかなーなんて思っている今日この頃です。(2000年12月8日記載) |
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