長岡あれこれ情報誌 Vol.38 My-Skip 3月号  2004.03 

八十里越の「塩の道」

新潟県内の各種の道

 越後の国には、「金・銀の道」等のいろいろな『道』 があります。例えば、東北地方からの「馬の道」があります。その馬の道と共に出来た道が三条市の「鉄の道」だと言われています。現在に至っているのが、「金物の町、三条市」です。佐渡からの「金の道」もあるでしょう。この他に、「絹の道」や「火焔土器の道」や「参勤交代の街道」等々があります。これらの各種『道』の中に、「塩の道」があります。

八十里越の塩の道
 新潟県内の「塩の道」は、新潟県の糸魚川から長野県の松本ラインがあまりにも有名です。しかし、県内には、大きな「塩の道」がいくつかあります。大きく分けると6つのルートがあります。

@新潟‥津川‥野沢‥束松‥塔寺‥坂下‥城下(鳥井峠・束松峠)
 新潟‥金谷山‥伊北‥永井野‥高田‥城下(八十里越)
A寺泊‥三条‥森町‥叶津‥塩沢・川口(八十里越)
B新潟‥六日町‥上野中山‥沼田・渋川(三国峠)
C岩船‥下関‥小松‥米沢‥福島(板谷峠・二井宿峠)
D柏崎‥小千谷‥只見・叶津(六十里越)
E糸魚川‥大町‥松本(三坂峠)

 このように、「八十里越」は、塩の道と密接に関連しているのです。
 これらの事実は、福島県只見町の矢澤大二様、新潟県村松町の塚野巳三郎様、荒川町の小川清治様、津川町の安部利男様等のご協力により、新潟県側の小文書がいくつか確認されています。新潟県内の「塩の道」を記載してあるのが、『塩津潟は塩の道』です。平成15年8月に、新潟日報事業社から出版しました。本書の76ページに記載してあります。
 このように、「八十里越」は塩の道でもあったのです。塩は、新潟県と福島県の物流の一つとして、古来か往来していました。私は、この「八十里越の塩の道」を、長岡市を中心とした中越地方の”地域おこし”に活用することを提言したいのです。

河井継之助の道
 長岡市では、「八十里越」と言えば、河井継之助さんのことが有名です。地域の活性化にも取組んでいます。河井継之助さんのことは既に軌道にのっています。次は、「塩の道」に取組んでは如何でしょうか。福島県只見町叶津には、「河井継之助記念館」と隣り合わせに「製塩記念館」が建設されています。長岡市の皆さんは、もう見学した方々も多いと思います。
 「身近な宝物」と題して、【史蹟】『新潟−福島間の"塩の道"復活を』が、新潟日報の投書フォーラム(平成11年10月10日付)に掲載されています。記述内容は、前述した趣旨のものです。「塩の道」については、私のHP「塩津潟の由来」にも記述してあります。是非、ご覧ください。アドレスは、次です。
【http://www.inet-shibata.or.jp/~shionotsu】

         塩津潟教育研究所 伊藤國夫
 

【写真】
河井継之助記念館前の筆者
著書「塩津潟は塩の道」(新潟日報事業社)