美術画報 No.45 2004/12/20

特別対談 伊藤國夫 X 秋吉和夫 (p310〜p319)

・新発田市の魅力と塩津潟について語る
・新発田藩主の苦心やアイデアを子供に伝えたい。-伊藤
・小学生で絵図と出会い探求し続けたことがすごい。-秋吉
・著書で発信したイメージが人々に通い始めている。-伊藤
・壮大な夢を実現するエネルギーに関心します。-秋吉
・周りの人たちとタイミングに恵まれていた。-伊藤

 

対談後記 秋吉和夫
 新発田駅に着くと伊藤さんがチャータータクシーで待っておられて、対談まえに市内のあちこちを案内して下さるという。まずは、43号に掲載された写真作品「加治川桜の復活」の舞台へ。むろん今は葉桜で激しい夏の陽光に眩く輝いている。そして新発田城へ、新装なったばかりの辰巳櫓に昇ったり見事な組み方の石垣などに往時を偲ぶ。近くの公園には大倉喜八郎の胸像がある。戦時中に供出された立派な像に較べて貧弱だという。地元の偉人に対する評価がいまひとつだとご不満の様子。その後溝口藩下屋敷のある清水園と隣接する足軽屋敷、米蔵屋敷を利用した郷土資料館や古四王神社などを経て、ます姫伝説のある美しい湖畔の文化センターで対談となる。古地図の復刻をはじめ、講演などで使う膨大な資料が用意されていて熱っぽくこれまでの研究成果を語られた。帰郷後数日して著書の第二版が送られてきた。謹呈挨拶の末尾に”微力ながら郷土史の見直しや町おこしにこれからも努力を続けて参ります”とある。新発田市の”民間大使”として一層の活躍をお願いしたい。

「美術画報 NO45」の謹呈について
 日頃より「塩津潟の研究」について、多大なるご協力を承り厚くお礼申し上げます。
 この度、私の研究及び実践の「塩津潟は塩の道」及び「加治川桜の復活」の新発田市展出展作品(写真)が、「美術画報No.43」に掲載され、平成16年6月が発行日でした。それに続き、「美術画報No.45」(平成16年12月)に秋吉和夫様との特別対談が10ページわたり掲載されました。「塩津潟は塩の道」と芸術論を、補足説明した対談になっています。本書をご高覧いただき、新潟県の郷土史の見直しや、地域の活性化にお役に立てば幸甚に存じます。
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